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以下は下記原文 Sat Jan 21 20:16:09 2006 UTC 時点の 翻訳 草稿 です。 転記などはご遠慮ください。 オリジナルの知的財産権は University of California に属します。
原文: SETI@home Classic: In Memoriam
最終更新時刻 13:54:02, 2006年09月24日(JST)

SETI@home クラッシック: 記念として

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本日 (2005年 12月 15日) SETI@home クラシックのサーバを停止して、 歴史上最大となった計算プロジェクトを終えました。 SETI@home は、最初のボランティア計算プロジェクトではありませんでした。 その前に、Great Internet Mersenne Prime Search (GIMPS) と、 Distributed.net という先達がいました。 しかし、SETI@home は一般市民の想像力を捉え、とてつもない人気を得ることによって、 Folding@home や Climateprediction.net、その他のプロジェクトの爆発的な開始の下地を作りました。 以下の文は、SETI@home クラシックの歴史を簡単にまとめ、重要な貢献者の方々の名前 (もちろん不完全なものですが)を並べたものです。

SETI@home のきっかけとなったアイデアは、1994年の終り頃に シアトルで David GedyeCraig Kasnov の間で交わされた会話に始まります。 Gedye はその話を押し進め、ワシントン大学の天文学教授 Woody Sullivan に連絡をとったところ、彼は Gedye をカリフォルニア大学 バークレー校 宇宙科学研究所(SSL)の Dan Werthimer へ引き合わせたのです。 Werthimer の SERENDIP SETI プロジェクトがアレシボ観測所で得ているデータが使えそうだったからです。 Gedye は同時に、分散コンピューティングの専門家である バークレーのコンピュータ科学者 David Anderson にも連絡をとりました。

この中心となったグループ - Gedye と Sullivan 、Werthimer そして Anderson - は、1995 から 1998 年にかけて定期的に会合を持ち、科学的な細部を解決するとともに、 このプロジェクトを離陸させる資金を工面しようとしました。 いくつかの大会社にこのアイデアを売り込みに行きましたが、うまく行きませんでした。 この期間に Anderson はプロジェクトで採用することになる クライアント・サーバ型 アーキテクチャのプロトタイプを開発していました。 (これは、彼の家の SGI ワークステーションで動作していました)。 同時に、Anderson と Gedye は スクリーンセイバー・グラフィクスについても、数種のものを開発しました。

1997年になって Starwave 社( Gedye が勤務していた インターネット関連の新興企業) がこのプロジェクトに 1万ドルを寄付しました。 このお金で、データ分析のコードが開発されました。 設計者は Werthimer で、実装は Jeff Cobb が担当しました。 Cobb は アレシボに設置するはずの、採取データをテープに記録する「データレコーダ」マシンについても仕事を始めました。

1998年には、米国惑星協会(TPS: The Planetary Society) の Lou FriedmanCharlene Anderson のおかげでありがたいことに、TPS を通じて、パラマウント・ピクチャーズ社が 初期資金として 5万ドルを寄付してくれました。 この時点で、プロジェクトの組織構成は次のようでした。 プロジェクトは SSL に本拠地を置いて David Anderson が指揮をとり、 Werthimer が科学的な方針を指示します。 2人の重要な追加メンバーがいます。 SSL の天文研究者である Eric Korpela、彼は科学とソフトウェアの両方に貢献しました。 そしてもう一人は、SSL のプログラマかつシステム管理者である Matt Lebofsky です。 このグループ(Anderson と Werthimer、Cobb、Korpela そして Lebofsky) が、 それ以降 SETI@home プロジェクトの中核メンバーでありつづけました。

1998年の 6月、Anderson は クライアントとサーバのコードを曲がりなりにも最終形として 開発しました(今回は、Informix データベースを基盤にしていました)。 そして、 Windows の上にグラフィクスを開発しました。 Windows版(スクリーンセイバーとインストーラ)を肉づけするために Kyle Granger が雇い入れられました。 そして、 Charlie Fenton は、このクライアントをMacintosh OS 7/8/9 に移植し、 その後 OS X にも移植しました(Charlie は最終的に プロジェクトのすべての部分で大きな役割を果たしました)。

1999年の 5月、数ヶ月のテストを終えて、このプロジェクトの本番を開始しました。 Ron Hipschman が プロジェクトのウェブサイトの最初の内容を開発しました。 数ヶ月の間、参加者がうなぎ登りに増えるにつれ、プロジェクトの我々は性能問題と戦うことになりました。 このとき Sun Microsystems 社は数多くのサーバハードウェアを寄付してくれました。

カリフォルニア大学の Digital Media Innovation program から一連の認可を受けることができました。 これによって、次の パートタイムの支援者を雇い入れることができました。 Eric Person はウェブの開発を行い、 Bob Bankay がプロジェクトのデータベースを管理しました(そして管理しつづけています)。

SETI@home を Atari から Cray に至る広い範囲のアーキテクチャで動作させたいという要求が上がりました。 Hiram Clawson はボランティアでこの移植活動を管理してくれました。 そして素晴らしい仕事をしました。 最終的に SETI@home は 40ものプラットフォームで動作することになりました。

1999年の終り近くになると、我々は基盤部分のために時間を使いすぎており、 科学がおろそかになっていることが明らかな状態でした。 2000年に、Anderson は ( SETI@home の指揮をとりつつでしたが )、 新興企業 United Devices 社 に加わりました。 SETI@home を最終的にはこの社の提供する基盤を使って上で動かそうという目標をもって参加しました。 これは上手く結果が出ず、2002年に Anderson は United Devices 社を去り、 SSL に戻って BOINC の仕事を開始しました。 この BOINC はついには National Science Foundation の認可を受けることになります。

カリフォルニア大学 バークレー校で コンピュータサイエンスを専攻する在学生を、 何人もこのプロジェクトで雇いました。 その中には、 Eric HeienLeonard ChungPeter Leiser そして 天文学部を大学院生の Paul Demorest がいます。 2001年と 2002年は、科学プログラマ Steve Fulton を雇って バックエンドのデータ解析プログラムを書きました。 この中には、「冗長計算の検査」 を含みます。

SSL にはマシン室がなかったので、SETI@home のサーバ群は 配線室(wiring closet)に押し込みました。 おかげで暑くなりすぎてハードウェアの誤動作をまねき、ついにはデータベースの破壊にいたりました。 2000年から2003年の間は、データベース関連の問題で大変多くの時間を費やしてしまいました。 始めに決めておいたこのプロジェクトの実施期間(2年)が過ぎ去っていきましたが、 バックエンドのデータ解析を済ませていませんでしたし、参加者からの要求も 依然として強かったので、プロジェクトを走らせ続けました。

2002年の5月、カリフォルニア大学 バークレー校のインターネット接続で、 帯域幅が使い切られてしまいました(部分的な理由としては、 P2Pの分散ファイル共有サービスである Kazaa が流行したためでもあったのですが)。 このため、SETI@home プロジェクトは自身専用のインターネット接続を取得せざるを得なくなりました。 その接続は、Cogent との契約になりました。

2003年 3月、その時点までに得たリザルトについて、バックエンドでの解析を完了しました。 そして、有望な信号候補についての再観測を行うために、 アレシボ観測所で占有的に 24時間の時間枠を使えることになりました。 この再観測結果の解析を完了しましたが、興味ある信号を再び見つけることはできませんでした。

2004年と 2005年は、多かれ少なかれ資金に事欠いていました。 骨格だけのスタッフ(Cobb と Lebofsky、Korpela および Bankay) でこのプロジェクトを走らせ続けました。 同時に彼らは、新しい BOINC に基づく版 の SETI@home のためにも働いていました。 もう一人システム管理者として Court Cannick を雇い入れ、 BOINC への移行をする我々を助けられるようにしました。

SETI@home クラシック プロジェクトをかく有らしめてくれたことに関して、 以上に名前を掲げた皆さん一人一人に感謝します。 そして、もちろん、 熱心に、かつ、辛抱強く貢献してくれた何百万人もの参加者の方々にも。 このプロジェクトでは、地球外生命(ET)を発見しませんでした。 しかし、 このプロジェクトは歴史上最大の計算となり、科学計算に革命を起こしました。 さらに、世界中に散らばった何百万もの人々の家の中に科学を持ち込み、 この計算手法と SETI の目標について、世界的な認知を高めたのです。

そして、SETI@home クラシックは終了しましたが、我々は SETI@home/BOINC を継続しています。 さらに、うまくいけば近々、 アレシボにおいてマルチビームの強力なスカイサーベイを新たに始めます。 そして、やって見なければわかりませんけれども、 我々が探しつづけてきたあの捕らえどころのない信号を ひょっとして見つけることになるかもしれません。

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